『お富サンの三味線。』~4月~

 昨年の11月に更新をしてから、あっという間に2ヶ月が経とうとしております・・・。 (T_T)
 皆様、お久し振りでございます・・・! はわゆで、ございますっ。 (^_^)v
sigotoba.jpg【初公開(!)『はわゆサンの仕事場』:御祖母さんの鏡台と、はわゆママの机にテレビ、堀炬燵などなど】
 昭和一ケタ母を亡くして、ようやく4ヶ月経ちました・・・。
 納骨を済ませ、家中を整理したり、掃除をしたり、ある物は処分をしたりで、昨年はジェットスピードで過ぎていきました。
 なにしろ、はわゆ家は物が多い家ゆえ、片付け物をするのも一苦労。 (^_^;)

 随分前に、とある50代の主婦の方も、仰っておりました★

「あの物入れに入っている物は、いつか絶対に片付けたいと、決心はしているんです。 でもいざ、片付けようと思うともう、どうしても気力が出なくて・・・」

 転勤族だったそうで、当座要らない物を、『とある物入』に入れ続け
 目白が終(つい)の棲家になったのだけれど、暮らしている内にそこは、ここ20年以上手を付けていない『封印の物入』と化してしまい。
 未だに怖くて、手を付けられない・・・。  (T_T)

 『封印の物入れ』も怖いですけれど、目の前にあるし、いつも『見ているけれども、使わない物』なんてのも、困ります。 (-_-;)

shigotoba_01.jpg【こけしと博多人形が2体、人形の裏に角樽あります】 昭和一ケタ母と今までに、随分と片付けてきた積り・・・なのですが★
 たとえば、蕎麦どんぶり11個あります。
 取り皿は10枚以上、湯呑茶碗(お客さん用も含む★)やコップは合わせたら40個くらいは軽く、あるでしょう
 形が小さく使い勝手が悪いものや、しゃれた頂き物のワイングラスに、シャンパングラス、そして何だか良く判らないグラス達。
 こんなに持っている筈なのに、自分はついつい100円ショップで買った食器を愛用していまい、これらの食器は、目の前にあっても使わない・・・
 焼き魚を乗せる皿やら、小鉢に大鉢。 とにかく、もうもう・・・。
「一体、誰がこんなに食器を使うっていうのよぉ…」 (T_T)
 と叫びたく程、存在するのです。 
 ・・・今は、(血の繋がった実の兄貴との)2人暮らしなのにねぇ・・・。  (^_^;)

 振り返ってみれば、はわゆ家自体が、3軒が合体したような家なんです。

 はわゆサンが物心付いた時には、同じ敷地に2軒並んで、昭和一ケタ母宅と、昭和一ケタ母の両親の家(以降、隠居屋)が、ありました。
shigotoba_02.jpg【木彫りの熊さんが奥に。 手前の羽子板を使って子供の頃、日舞の発表会で『手習子』を踊ったよおな・・・】 その後、隠居夫妻が亡くなったので、そちらは『単身者用のアパート』へと様変わり。
 それとは別に、はわゆパパの仕事場として『水道橋のマンション』があったのです。
 はわゆパパが亡くなったので、そこを引き払ったのですが結局、母屋には3軒分の布団や食器達が溜まる事となりました。

 祖父・祖母は明治の産まれで、両親は昭和一ケタ産まれです。
 小金井市に来るまでは、隠居夫妻は(昭和一ケタ母も、結婚をして暫くは)、東京の中野区に住んでおりました。
 あの東京大空襲の最中、戦地に赴いた息子の帰りを待つ為に、疎開もしなかったのだそうです。 
 運良く家は焼け残ったものの、息子は還らぬ人となりました。
 隠居屋にあったモノ達は、はわゆママにとっては戦友なのでしょうか。
新井薬師.jpg【はわゆママは、新井薬師に住んでいたらしい。 ちなみに、はわゆパパは初婚でママは再婚】 ・・・博多人形が2体に、角樽が一つ。
 そして数多くの『こけし』が、私の仕事場には存在します・・・。
 これらは隠居屋の玄関とか、母屋の箪笥の上に永らく、飾られていた物なんです。
「・・・しっかし、この人形とか酒樽とかって。 一体何時頃から、この家にあったんだ・・・???」
 この人形やら、こけしの家族を、私は愛する事が出来るのでしょうか…?
 ついでに発見した、この『木彫りの熊さん』は、一体いつ頃から、この家にいるのでしょうか???
 昭和一ケタ母が亡くなって、一階の客間を『自分の部屋兼仕事場(2010年には、リビングを仕事場に★)』した・・・はわゆサンですが★
 スペースの都合上、ここ以外に置く場所もないしで、うーむ、うーむという感じなんです。

 そんな折、『母の妹夫婦』に、挨拶に行く事になりました。

 昭和一ケタ母の葬式には、双方共に足が悪くて来ては戴けなかったので、こちらから出向く事にしたのです。
 妹夫婦は、建設業からトラバーユして転勤族になったそうですが、そうなるまでは確か、隠居夫婦と共に、中野区に住んでいたハズ。
昭和通り.jpg【第2次大戦の折、この昭和通りのこちら側は焼けたけど、家のある1区画は燃え残ったのだそうな】 何か、知っているかもしれません。

 聞いてみると博多人形『昭和一ケタ母が産まれた記念』にと、博多で買い求められた物である事が判りました。 (^_^;)
 叔母さんいわく。
「お姉ちゃんは、小学校低学年までそこで育った人だし、中野に越しても、あの人形は玄関に、ずーっとあったと思うわ」
 ・・・ちなみに昭和一ケタ母は、享年78歳でした。

「・・・すると。 この人形達も、東京大空襲の誉(ほまれ)ある、生き残り達なんですね・・・」

 余りの歳月の長さに、あやしく、声が震える・・・はわゆサン★
 叔母さんは、こう続けて下さる。
「角樽の方は何だか、お爺ちゃんの仕事の、どこかの(!)建築完成記念にと、もらったものだと思うわ」
 ・・・・・・・・・・・・。 (-_-;)

 はわゆサンのお祖父さんの仕事は、国家公務員でした。

国会議事堂.jpg【議事堂を建設中の話。 戦死してしまった昭和一ケタ母のお兄さんはまだ子供で、天皇さんの座る椅子に、ちょこっと座ってみたらしい★】 全国津々浦々を歩いては、公民館とか、国立の学校だとかを建築する、現場監督サンだったそうです。 国会議事堂を建てる時の『現場監督の1人』でもあったそうです。
 しかし、その祖父も亡くなって20年以上経ちました。
 昭和一ケタ母だって、享年は78歳ですもの。
 人形と酒樽は、それぞれ年代物だと判ったところで、もぉそろそろ、処分しても宜しいモノでしょぉか・・・??? (゜ _゜)
 ちなみに、熊の置物は、叔母さん夫婦の結婚記念品(2人共、平成19年現在で77歳★)であった・・・そうな。 (^_^メ)
 それだけでは、ありません。

 お祖母ちゃんの喪服(夏物)に、お祖父ちゃんの行灯袴。
 はわゆサンのお父さんが、家で寛ぐ時に着ていた着物・・・等々に加えて洋服は勿論、使いかけの調味料やら、買い置きらしい醤油やら、味醂やら、カレールゥなどなど。
行燈袴.jpg【これが行燈袴。スカートみたいなものなので他の袴とは違い、女性はトイレに行く時には便利★】 ついでに『部分入れ歯洗浄剤のパーシャルデント♪』を、 90粒(!)見つけた時には、倒れそうになりました。 (^_^;)

 そんな中、今回のお話の主役である三味線も、あの東京は中野区の大空襲の戦火の中を、掻い潜ってきた勇姿であったのです・・・。
 家を建て直す折、昭和一ケタ母は思い切って色々と、処分をしたようです。
 曾御祖母さんが、旅に出る時に使ったという『護身用の刀(明治に入って、刀を持つ事が許されなかったとかで、刃引きしてある)』とか、『軍刀(軍人は必ず一振り腰に帯びるそうですが、二振持っていたそうで、形見に一振り置いていったとか★)』やら。
 とにかく、値の付くものは、この時とばかりに処分をしました。
 着物も幾つか出そうかと思ったそうですが、こちらは値が付かなかったそうなのです。

 長唄(稽古用)三味線も、その時は買い手が付かなかったのでやむなく、そのまま新居にやって来ました。

 その後、再び・・・はわゆサンが手に取るまでは、永らくこの三味線は、こけし達と共に客間にありました。

 林邦史朗の振付けた殺陣と、日本の武術を融合させた『武劇ショー』に華(?)を、添えようと、はわゆサンがやる気になって三味線を修繕。

 子供の頃は長唄の先生に付いていましたが、大人になってからは近所の地唄のお師匠さんの所に通い始めました。
 ところで、大人になってから三味線を見ていて、ずーっと・・・不思議に思っていた事があるんです。 三味線の、この部分なんですが。

shigotoba_03.jpg三本の糸を、写真左から、「一の糸」・「二の糸」・「三の糸」と呼びます。 一番上の部分を、ギターと比べてみて下さい。 糸巻きの下の部分、ギターは橋渡しをしていますが、三味線は一の糸だけ、橋渡しがしていません。

shigotoba_04.jpg兄の自慢の(!)ギター:一番上([『ナット♪』と言う)は、橋渡しをしていますよね


 ギターだったら、一本、橋渡しみたいになっているのに、何故、はわゆ家の三味線の『一の糸の部分』にはそれが、ないのでしょうか。
 年代物だから・・・?
 やっぱり東京大空襲の折に、何度も防空壕に運んでは出し、を繰り返していたそうですから、何かがあって、それで破損しちゃったのかなぁ???  (^_^;)

 地唄の稽古では箏も習う事にしていたので、こちらは三鷹駅から20分以上もてくてく歩いて、加藤邦楽器さんで買い求めてみました。

「・・・でも、こんな場所にあるんじゃぁ、例えば気楽にのぞいたりとか、買い物のついでに覗くとかって、とっても無理な相談だよなぁ・・・」
 こんな時に、頼りになるのが、インターネット♪ のハズですが★
 三味線屋さんのHPをいくつか渡り歩きましたが、ビギナーさんには何だか、今ひとつ理解が出来ません。 (+_+)

 たとえば、三味線の糸には『一の糸』『二の糸』『三の糸』3種類しかない(!)と、はわゆサンはずっと(!)思っていたのですが。
 ところが例えば、『三の糸』にも、種類が幾つかあるようです。

三味線・糸.jpg【左から、一・二・三の糸で、ちなみに三の糸が、一番の高音♪】 糸の素材も、テトロンのものと、絹糸と2種類あって、どれを購入すればよいのか弱りきってしまった、はわゆサン★
 お師匠さんにも聞きましたが、彼女は地唄の人なので(長唄の事までは)、知らないと言うのです。
 長唄、新内、地唄用などなど。
 ・・・三味線の大きさまで違うという事も、大人になって初めて(!)知りました
 三味線は、三味線としか認識していなかったので、『はわゆ家の三味線は、長唄用』である事も、自分で修繕に出してみて初めて知ったのです。(^_^;) 

 当座しのぎに、糸は師匠の使っている物(つまり、地唄用)を分けてもらっていた・・・はわゆサンですが、楽器が長唄用なのだから、もしかしてここはやっぱり、糸だって、そこに合わせるべきなのでは・・・???

「・・・そういえば。 楽譜とかも、気楽にちょいと買える店って、東京に存在するのかなぁ・・・???」

 疑問は尽きない、はわゆサン★
 お仕事の先輩に聞いてみた所、日本橋のデパートに、邦楽の店が入っているそうです。
 その気になって、後日行ってはみたのですが、そこも店仕舞をした後でした。 (T_T)
 うろうろする内、地唄のお師匠さんの都合で、稽古は長期のお休みをする事となり、昭和一ケタ母が亡くなって、もう、三味線どころではなくなってしまいました。 (+_+)

箏.jpg【箏の名称は、こちら】 ところが、NHKのすぐ側に、和楽器製造をしている所を発見したのです(!)
 邦楽器を作っている店に、小物は置いているのでしょうか???

 ここで突然ですが、2006年11月にドラマ番組『小春姐さん奮闘記(十朱幸代・主演)』)に、はわゆサンが地方として、出演した事がありました。
 そこで、はわゆサンの三味線も番組に出演をする事になったのです。
 撮影現場まで、ソフトタイプの三味線ケースに入れて運んだのですが★
 そこで、先輩のアドバイスが。

「もし、いつか海外公演をするつもりだったら、三味線なんか皮が破れたらどうしようもないでしょう。 機内に手荷物として持ち込めるように、折ると良いわ」

 ・・・はわゆサンの三味線は、どうも3分割に出来る機能(折る)を持っているらしいのです。
 折れた場所を保護するべく、『相木(あいぎ)』という物が、あるそうなんですけれど、空襲の折にでも紛失をしたものか、とにかく家にはありませんでした。
「和楽器工房に頼めば、出来ると思うわ」
 との先輩の言葉を胸に、意を決して・・・はわゆサン★
 和楽器工房に、足を踏み入れる事に、したのでした。

三味線.jpg【簡単に、三味線の名称を♪】 何しろ、『相木』という名前もうろ覚えで★(だって実は、三味線の各部の名称だって、ろくに判っていなかったし・・・) (^_^;)
 それでも何とか、しどろもどろに申し出てみた所、店のご主人は快く引き受けて下さいましたので、まずは予算を聞いてから後日、三味線を持ち込む事にしました。
 なんでも、この店の創業は明治時代で、今では三代目が、兄弟でやっている店らしい。

 後日、三味線を工房に持ち込んだ時に、そこは好奇心の強い・・・はわゆサン★

 かねてから思っていた質問を、口にしてみました。
「これが、曾御祖母さん・・・お富サンの三味線なのですが、これは一体、いつ頃の時代に作られたものでしょうか?」
 ご主人、三味線の具合を見ながら。
「この形だと、明治の中期くらいから、大正一杯に作られていた形だと思いますよ」
 と、教えて下さいました。
 実は、江戸末期の古い物かもとちょっぴり期待をしていたので、なんだかガッカリ。 (^_^;)
 では、江戸時代と明治の物では一体、どんな風に変わってきているのでしょうか。

「例えば、この三味線は3分割出来ますけれど、更に古い物は、2つにしか折れません」
「へぇ・・・」
「音も、現在のようには、そうは大きく出せなかったみたいですよ」・・・と、ご主人。
「何故ですか?」
「おそらく、音をそう大きく出す必要が、なかったのでしょう・・・」  (゜_゜)

三田村楽器店.jpg【渋谷区にある、三田村楽器店 http://www.kotoya.com/】 はわゆサンは、更に聞いてみます。
「私の師匠は、低い音に合わせているという調子笛を持っているのですが、私もそれが欲しいんですが、こちらにはありますか?」
 ・・・はわゆサンの持っている調子笛(高音用)は俗によく、『トンボ』と呼ばれているモノ。
 主に『トンボ社で製作されている笛』からだそうで、ウクレレやらギター、バイオリンの調音にも使えるらしく、それは・・・使える方には良いのでしょうけれど★
「でもこの笛、ビギナーには何だか、今ひとつ判りにくく…」 (^_^;)
 笛は、インターネットで見ると『高音用』と、『低音用』があるようです。
 師匠と同じやり方で調音出来るように、低音用が欲しかったんですね。

 ところが、ご主人曰く。

「ご存知の事と思いますが、音は三味線の場合、三の糸から合わせるんですけれど…」

「え、えぇええええっ!?」
 はわゆサンの声に、ご主人びっくり。
 胸を押さえながら、・・・しどろもどろに申し立てる・・・はわゆサン★
私の師匠達(子供の時と、大人の時で2名)は、笛を吹いて、まず一の糸を合わせていたので、ずーっとそうするものだと信じていたのですが・・・」
調子笛.jpg【調子笛・・。 これで、箏(13本)も調弦出来るらしいが、、、】 師匠達は、振り返れば二人共『低音用トンボ♪』を使っていたと思うのです。
「ですが。 この調子笛の場合は、高い音の方に合わせて作ってあるますよね?」
「・・・はぁ」
三と一の糸では、1オクターブ違いますから。 まず高い方で合わせて、それから1オクターブ下げて一の音を調節すれば、ラクに出来る筈ですよ」
「な、なるほどぉ・・・」 (+_+)

 逆もまた、真なり。
 上の音を吹いて、下の音から合わせようとするから、(音感に自信のない人には)難しいのであって。 (^_^;)
 まずは高い音を合わせてしまってから、そこから1音下げて合わせる事なら、ビギナーにも容易に可能。 

 三味線ビギナーの道のりは、まだまだ、どんどこと続く。

「三の糸を弾いた時、一の糸が共鳴すれば、とりあえず音は合っていますよ」(この場合、1オクターブの高低が、という意味)
「え、えぇぇええっ!!??」
 ・・・この辺りでご主人、はわゆサンに慣れてきた様子。
「三味線の、この部分。 一の糸の部分が欠けてますよねぇ」
さわる.jpg ・・・それは、はわゆサンが永らく、「東京大空襲の戦災時に、破損をしたのかしら・・・?」 と、思っていた部分の事でした。
「この部分の名称を、さわり・・・と言います」
「・・・はぁ」
「音が共鳴するよう、わざとこうして作るんですよ」
「へぇ~~♪♪♪」
 もう終了をしてしまった番組ですが、『へぇへぇ』ボタンを何十回と叩きたいくらい(!)の、はわゆサンでありました・・・。

「こういう造りは、江戸末期から明治の初めに出来たと、言われているんですよ」

 さて、これ以降・・・はわゆサンの、恥ずかしくも、胸を轟かせた新・事実(!)は次回に続きます・・・。
 知っていた方は、お笑い下さいませ。
 『知らない』ってのは、こういうものなんですねぇ・・・。
 目から、鱗ものでした。 (-"-)

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