
写真は、はわゆサ
ンの父親の故郷近くにある迷(?)所、分水嶺(ぶんすいれい)。
…なんでも、用水路がこの地で別れて、ゆくゆくは『太平洋』と『日本海』へ注ぎ込む
という事らしいので、この看板(!)
8月の終わりは、いきなり涼しくなったなぁと思ったら、今度はゲリラ雷雨が、各地で炸裂(!)
そしたら何だか、秋雨前線がしみじみと訪れたりして、とっても妙な天気のこの頃ですよね。
そんな昨今ですが、皆様、元気でお過ごしですか?
こんにちは! はわゆ、でっす! (^_^)v
前回、『はわゆの日々』をサイトアップしたのは、8月の初旬でした…。
その後、林先生は2008年大河ドラマの『篤姫』と、2009年度大河
ドラマの『天地人』のロケが入り乱れ。
その後を埋めるが如く、はわゆサン★
8月・9月で、林先生の代わりに殺陣代講の仕事をしていたら結構、稼いじゃいました。 (^_^;)
人に誘われて、熱海へ遊びに行ったり、今年は数年ぶりに、念願の海水浴もしたりで、結構充実☆
9月には、亡き昭和一ケタ母の三回忌の法要も、執り行いました。
その関係で、10月には父方の両親(つまり、はわゆサンの祖父母)の
お墓参りもして来たし、母方の両親のお墓参りも、済ませてきたし。
先祖供養についてだけは、細木数子さんにも誉めてもらえそうなくらい、今年は頑張っているかも。 (-_-;)
ちなみに、はわゆサンの父親の生家は、山形県です。
彼の戸籍を見ると、『七男』とありますから、その兄弟の数に多さ
は、察して知るべし。
その長男はまだ、山形県で曾孫と共に、元気に暮らしています。
今年で95歳になるそうですが、先の第二次
世界大戦で、衛生兵ながら満州まで赴き。
その折鉄砲に撃たれて、未だ体の中に玉が残っているそうですが、まだまだ頭もしっかりしてます。
以前は例えば、盆だとか、正月とか。
一族郎党が、こぞって集っていたそうですが、今ではもう、それは流行らないのですねぇ。 (゜o゜)
…父が亡くなってからは、かれこれ20年近く、父方の親戚とは逢う機会が無かったもので、はわゆ兄妹は、皆様にはとっても、ご無沙汰をしていた訳なんで
すが★
今回の『昭和一ケタ母の三回忌の法要』を折に、山形の皆様方にも挨
拶をと、思ったのでした。
しかし血族とはいえ、余りにも御無沙汰をしちゃっているものだから先方だって、もしかしたら、はわゆ兄妹が行くのを喜ばないかも知れない…。
そうも思ったので今回は、こっそりと。
父方のお墓参りだけを済ませて、もし誰かが(父方の兄弟達とか)自
宅にいるようなら一応、顔だけ見せて帰ろう…。
そんな…はわゆ兄妹でしたが、田舎の人情は厚かった…!
ただ、惜しむらくは、10月の三連休ってのは、田舎にとっては稲刈りの時期で、山形勢にとっては、とーーーっても忙しい時期だった! (ー_ー)!!
兄妹にとっては都合が付き易い時期だったのですが、東京モノには、稲刈りの時期を悟る事まで
は、難
しかった…。
山形の親戚筋の方々、忙しい時に、本当にごめんなさいでした! <(_
_)>

【写真左】 トップの写真の『分水嶺』のウンチク。 みんな、ここで記念写真を撮っ
てました。
【写真右】 『分水嶺』は、この名所『封人の家』の側にあります。 松尾芭蕉の俳句で有名。
その迷句は、「蚤虱 馬の尿(しと)する枕元」 あの「奥の細道」に、記載されています。
…さて。
前回の『はわゆの日々』でも申し上げましたが、来年の7月には、林
先生の芸能生活50周年記念公演を、
東京は武蔵野市にあります『前進座』さんで行なう
予定です。
タイトルも決まり、とっても暮れも押し迫った頃にではありますが。
12月28日に、出演者のオーディションを行なう事にも、なりました。
ちなみに、公演のタイトルは、『名残〜NAGORI〜』と
申します。
その前哨戦と言っては何ですが、インターネットのmixiや、この『はわゆブログ』。
はたまた、『林邦史朗☆オフィ
シャルガイドブック』というブログにて、役者さんはもちろん、一般の方にも、日本に残っている侍や忍者の叡智を体験して戴
こうと思い。
今年の7月から、『ニンジャ&サムライ体験(!)ワークショップ』を、
埼玉県朝霞市にあります武劇館で月に1回、行なっております。 (^_^)v
この10月で4回目を数えますが、こういったイベントというのは、やってみると面白いものなのですね。
第1回目は、何故か武道系の方が集うイベントとなりました。
それが2回目になりますと、やはり大河ドラマの殺陣師が行なうイベントであるせいか、エキストラなどやったりしている、役者志望の方などが多く集い。
3回目は、モデルさん、学生さんにお子様も混じっての広がりを見せて、4回目は参加者メンバーの殆どが、一般の社会人…!
もちろん、日本刀や忍者に興味はあるものの、4回目に至っては、芸能界には無縁の方が集うイベントとなり、はわゆサンとしては何だか、実に興味深い
(!)
午前中の『サムライ体験』では、日本刀を通しての体験という
事で、武士の座り方や刀の扱い方・所作などなど。
試斬体験が中心なのは勿論ですが、まずは道場にある袴を、皆さんに穿いて戴く事から始まります。
これが、やっぱりと言えば、やっぱりなんですけれども。
皆さん、『袴を穿いた経験』というのを、お持ちにならない訳でし
て…。 (^_^;)
…まぁ、はわゆサンだって、稽古で着るようになって初めて、袴が穿けるようになった訳ですから★
さして、皆様の前で威張れたモノではないのですが、10月のイベントについては、林先生が自ら、こんな事を仰る。
「はわゆ、今月から袴を穿く時には、ちゃんとした帯を締めてもらう事にするから」
…その言葉を聞いた時の、はわゆサンの驚愕は、いかばかりなものか…。 (-_-;)

【写真】 帯(俗にいう男帯)は『箱結び』をして、その上に袴を着ます。 ベテラン
は後手で、結んでます。
え、えぇーーーっ!!
体験者全員に、袴を着せるだけで毎回、大変なのにっっっ!
前回の、役者志望の方が集った会の時さえ、誰も袴を自分では、穿けなかった覚えのある…はわゆサン★
これで、帯締め指導までをしていたら、今日のスケジュールは一体、どおなる事やら…。
そして案の定、帯指導は難航します…。 (T_T)
帯の指導は、考えただけでも大変なので、言いだしっぺの林先生に、お願いをしてしまいました。
…すると、どうだ………!!
全員が全員、着物なんか殆ど着た事もないらしく、帯をなんと(!)
ウエストに、巻こうとするではないか…!
はわゆサンも林先生も、
「帯は、腰骨の上に巻くんですよ」
と言っているのに、どうも、腰骨の上に巻くのが違和感があるのか(それとも、ただ
単に、やりにくいからなのか…?)
言っても、言っても皆さん、ウエストに巻こうとして下さるのです…! (T_T)
『ニンジャ&サムライ体験(!)ワークショップ』の、リピーター。
千葉県は流山市で、観光ボランティア活動をしている…七緒☆みけさんも、こんな事を仰る。
彼女のグループは、活動をする時には必ず、新選組の衣装で行なう事が、会のモットー。
入会した新人はまず、一番に覚えてもらうのが、自分で着物を着て、袴も穿いてもらう事なのだそうです。
ところがやはり、帯を締める事から指導は、難航。
誰もがウエストに帯を巻こうとして、指導しても、指導しても、それでもなを頑なにまだ、ウエストに帯を巻こうとするのだそうな。
…確かに、ジーパンやスカートの着付けは、ウエストでするものだから。
それが常識となっている方々には、腰骨の上で帯を締めるという『ジャパ
ニーズ文化』は、いま一つ共感を覚えないのかも…。 (+_+)
みけさんが言うには、中には『後ろ手で、普通のリボン結びを、結べない』隊
士も、居るのだとか…。(-_-;)

【写真左】 こちらが腰骨の上(下腹)に結んだ正式な形。 【写真右】 こちらはウ
エストに結んだもので、×(ペケ)!
…そういえば、はわゆサン★
過去、アメリカのボストンで『侍
パフォーマンスを、独演した経験』が、あります。
その折、『帯を自分で結んで、袴を穿くという着付過程』も、皆様の
前で披露をしたのですが、それがいたく、アメリカ人達には好評でした。
…考えてみれば『和服』っ
てのは、一本の棒状のモノ(それが帯であったり、紐であったりするのですが)を
器用に結ぶだけで、着れてしまうと
いうシロモノ。
洋服には、例えばホックがあったり、ジッパーがあったり。
ベルトなんかを上から締めたりしますが、和服には、そんな必要がないんですよねぇ…。 (゜_゜)
しかも、紐の巻き方一つで、着崩れだって防いじゃってます。
パフォーマンスを終えて、『和
服文化とは、紐文化なのだなぁ…』と思
い至り、妙に感慨深かったり、ちょこっと(金具なんかなくったって、大丈夫なんだ
ぜぃっ!…ってな感じで)嬉しくも思っていた…はわゆサン★
そ…それが今回、初めて暗礁に乗り上げた…っ。
日本の紐文化ってのは、継承されてないじゃんっっっ!! (T_T)
…はわゆサンってのは、昭和一ケタ母と、明治37年産まれの祖母がタッグを組んで育てたという…もう21世紀には、珍しいタイプの人間。
子供の頃は、祖母は着物姿でしたし。
はわゆパパも家では、当時でも珍しい事ではありましたが、着物を着て過ごしてました。
祖母が台所で働く時には、袖はやはり邪魔になるので、もちろん襷掛けで。
その上に割烹着など着て、彼女は、調理作業をしていました。
そんな家柄だったので、子供時代から…はわゆサン。
冬には半纏(はんてん)を愛用し、祖父はドテラも着てたし、特に半
纏の紐を、自分で結んだりしたものなら。
「まーた、『タチクソ結び』にして、この子はっ!!」
…結い方一つ違っただけで、このようにメチャクチャに、叱られたものでしたが…。 (-_-;)
ところで、前回のワークショップまでは、体験者の皆さんには、武道用の帯(黒帯と
か、白帯とか)を普通の帯の代わりに締めて戴いて、その上に袴を着て戴
いてました。
ところが、ここでも(!)
まさかの問題点が、浮上する…!
武道帯をこう巻いて、下の紐と一緒に潜らせて結んで欲しいと、体験者の皆様には、お願いをしました…。
でも、どうしても皆さん、潜らして、二本を一緒には結んでくれません。
七緒☆みけさんも、仰ってました。
「潜らせて、一緒に結んで欲しいって何度も言ってるのに何だか、してもらえないんですよねぇ…」
この方法を理解して下さらないと、袴も穿けないし、鎧帯も結べないんですけど…。 (^_^;)
なんで日本は、こんな事になっちゃったんだ〜〜〜っ!?
叫んでも、叫んでも、もうこんな世の中になってしまった、日本の文化です。
…ましてや『タチクソ結び』と
いう言葉だって、体験者の皆様には、死語に等しい…。 (>_<)

【写真左】 これが、正しい帯の結び方 【写真中央】 これが、『タチクソ結
び』。 …つまり、紐を結ぶと立っちゃうから、こう呼ばれるらしい。
【写真右】 左の写真と比べて下さい。 …こう結んで欲しいのに何・故・か、皆さん
はこうやって結んで下さいます。 (^_^;)
サムライ体験では、最後に試斬を体験して戴きますが、まぁ…毎月。
藁斬らずに、床を叩くメンバーが大体、3人くらいは出没します。 (T_T)
『使用した日本刀に、刃こぼれは』とか、『体験者の方に、怪我はないのか』と私達は毎回、はらはらします。
刀というモノは、拵えにもよりますが、一振り60万はする高価なシロモ
ノ。
『高価なんだよと、言葉で繰
り返せ』ば、『なんだか金、金って言うような気がして、主催している方がイヤだわぁ』とか、思うのだけれど…。
皆さんには、『本当に大切に、日本刀を扱って戴きたい』と、心
の底から思います。 <(_ _)>
…さて。
サムライが終れば、今度はニンジャ体験が始まります。
この『ニンジャ』と
いうのは、正式名称は『林伝☆ニンジャ体術』と
申します。
林邦史朗先生は、さまざまな忍者や侍文化に詳しい方で、先生が色々と教わった、そのまた先生というのも。
…その世界では皆さん、第一人者と、呼ばれている方ばかりです。
もちろん、映画やテレビの撮影で知り合った先生もいるようですが、林先生が自ら。
自主的に訪ねて行って、教えを乞うた先生も、いらっしゃいます。
忍者や、正木流総合武術・町方十手術に火縄銃などについては、著書も多数残しておられる、名和弓雄先生に師事されてますし。
また、サムライ体験でして戴いている居合抜刀術については、中村泰三郎先生の
薫陶を、林先生は受けています。
歴史の教科書にもありますが、日本は第二次世界大戦でアメリカに負けてしまい、終戦後すぐに、国内には『武道禁止令が施行』されました。
文字通り、戦勝国のアメリカから敗戦国の『日本人に、あらゆる武道を習得する事を禁止』された訳なのですが、そんな時代でも密かに、
居合抜刀術の研究を重ねていたので、中村先生は今も、試斬の第一人者と言わています。
…また、話は江戸時代に戻りますが。
薩摩藩に滅ぼされた琉球(今の沖縄県)の人々が、廃刀令で武器を奪
われ、財産を奪われました。
そんな時代に身を守る為には、徒手空拳で戦うよりも、もっと別に、何か近辺にある物を武器として使用した方が、有利である。
…と、そんな発想から生まれたのが、、この琉球古武術です。
扱われる武器には、六尺棒とか(琉球では、棍術と申しますが)、釵(サイ)や二丁鎌に、トンファー。
ほかに、ブルース・リーで有名なヌンチャクなど、ありますが。
その武術を林先生が受け継いだのは、明治政府の一員であった井上馨氏の孫に
あたる、井上勝元先生です。
また、合気道については、警視庁などに指導に行っておられた、養心館の塩田
剛三先生。
薩摩示現流(もちろん、東郷示現流と薬丸自顕流の二派)は、自ら九州まで出向いて、手ほどきを受けています。
甲源一刀流は、青梅の阿部雅司先生に師事。
また、柳生新陰流については、奈良県の正木坂道場で、全国から集う剣道範士の方々に指導をしていたという、大坪指方先生。
日本で一番古い流派と言われている『天真正伝香取神道流』は、杉野嘉男先生か
ら。
この方は、日本武術の最長老と言われ、かの有名な黒澤明監督作品『七人の侍』に
て、武術指導をした方です。
その後、日本のあらゆる武道を研究したので今度は、中国拳法の方も、深く研究をしてみようと、林先生は思い立ちました。
…で、中国拳法については、その道では第一人者と言われている長尾豊喜先生に、
師事をしておられます。
…そういえば江戸時代の中期頃には、訳の判らない剣術の流派が、700以上もあったと言いますが。 (^_^;)
林先生が教えを受けた方々は、前記のような、そうそうたるメンバーです。
そういった方々から直(じか)に教えを請い、しかも自ら年月掛けて研究をして、練り上げられたのが『林伝』です。
…普通なら、他流派と同じように『何とか流』とか、名乗る
処でしょう。
でも林先生は、こんな事を、おっしゃる。
「自分が色々教わり研究した事を、次の時代の人達に伝えるという意味で、『林流』ではなく、林が伝えるという意味で、『林伝』としたい」
さて、そんな訳で『林伝☆
ニンジャ体術』と命名された、この体術ですが★
…まぁ、はわゆサンは、この『林伝』。
これは、言ってみれば、究極の護身術なんだろうなぁ…と、思っております。
何故って例えば、手首を回すだけで、力の弱い子供でも、大の大人を制する事が出来ちゃいますし。
『相手の勢いを利用して、苦もなく転がしちゃう技』なんてのもありますから、なにか、どこか不思議っぽい
☆
いかにも忍者らしい、といった技も、一杯あるんです。 (^。^)y
-.。o○

【写真】 こちらは、サムライ体験の写真です。 10月に行われた時のモノです。
さて。
『林伝☆ニンジャ体術』の
体験ワークショップでは、『ニンジャの呪文』を林先生からまず、教わ
ります。
…そういえば、『孔雀王』という漫画で、主人公の孔雀さんも、唱えてました。
また『テレビ版・スケ番刑事』とかでも、使われていた、割とポピュラーな呪文です。
『臨兵闘者皆陣烈在前(リン・ピョウ・トウ・シャ・カイ・ジン・ レツ・ザイ・ゼン)』
これは、密教の呪文だそうです。
古くは戦場に向かう折、侍が士気を高める為と、一種の破魔の呪文として使用したと、文献にはあるとか★
もとが密教なもので、ここで使われている漢字は、全て当て字。
音に意味はあっても、漢字の意味とは、関係はないのだそうです。
ついでに、一音ずつに、指で印を組むのですが、これが体験者の皆さんにとっては、むずかしい…! (^_^;)
「指が堅くて、そんな組み方は、出来ませ〜んっっっ」
といった、悲鳴もよく、聞かれます。 (+_+)
この『印を結ぶ』という行為も、印に勿論、意味もあります
が、林先生曰く。
「手は、第2の脳と言われています。
こうして指を難しく結ぶ事で、脳のあちこちが未発達な部分が活性化をするようになる訳ですから、自然、体にも良いのです」
印を結ぶ破魔の方法と、印を結ばないでも出来る方法もありますので、こちらの方が体験者の皆様方には、好評のようです。
今年一杯は、このワークショップを続ける予定でおりますので、どうぞ皆様、武劇館までおいで下さい。
体術だけではなく、こうした印を結んでみたり、お金を掛けなくても、何処でも行える健康法を教えてもらったり。
普段の生活では、絶対にお目にかかれない技が、目白押しです…!
そして、職場の皆さんや、お友達や恋人にも、教えてあげて下さい。
皆様のお出でを、心よりお待ち申し上げております。 (^_^)v
はわゆ
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