気儘之介が一人、湯殿で悶々としていた頃…。

 風太郎の方はそれこそ、戦場のような賑わいであった。
 里絵に、事の次第を尋ねた処。 ・・・そこは里絵、やる事にぬかりはなかった。
 まず。 家の者には、全く成政候の身分を知らせていない。 主の客・・・としか、知らされていないのである。
 ・・・・・・どうりで。
 下男も女中も、のんびりとしていた筈である。
 あの方の身分を教えてくれたという・・・馬の鞍は。 波和湯家の方で外して、保管してある。 ・・・隣には、馬のみを預けてあるそうな。
 そして、予定としてはあの方は、夜の内に帰る心積り・・・である事。
 それに合わせて、馬の引き取る時間を何時にするのか。 気儘之介と会わせるのは、どの部屋で行うか。
cara1-13.gif ・・・忙しく遣り取りをする内に・・・どうにか。 風太郎の支度が、整った。
 上様の事も気に掛かるが、気儘之介の事も気になる。
 つい、その名を口にした所で風太郎。 里絵に、叱られてしまった。
「あの方よりも、まずは貴方様の方です。 さぁ、いってらっしゃいませ」
 里絵が手を付いて。 ・・・風太郎は夫婦の部屋から、波和湯家の客間へと送り出されてしまった・・・。
 主の出で立ちとして、今日の風太郎。 袴を穿いて、腰には小刀のみを帯びている。
 …風太郎は、客間の前まで来て一度、深呼吸をした・・・。

 そして丁重に、両の掌を・・・付いた。
「もし…。 当家の主でござる」
「うむ。 待っていたぞ」
 風太郎は、障子に手を掛けた……。

 武士という者。
 殿様と謁見する時には、無論 作法がある。
 まずは女子と同じように障子を開け閉めし(第5話『茶を持て』参照)、部屋に入ってすぐ挨拶をする。
 その時正座をするのだが、両足の指は重ねない
 そして両の膝の間隔は、拳一つ半位離して、正座をする。
 何故なら。 
 もし武士が、両足の指を重ねて座っていたら。 
 ・・・一つになったこの足を、踏まれでもしては。 たちまち、身動きがとれなくなってしまうのだ。
 それを防いでいれば、どちらかの足を外して振り返り、相手を制する事も出来よう。
 ・・・それと正座した時の、両膝の間隔。
 双方対座していたとして、もし自分が広げ過ぎていては
 何かあった場合に(例えば交渉が決裂した時等)、相手に己の金的(男性の急所)に一息に膝で乗られてしまっては、武士の不覚であろう。
 そして狭すぎ・・・ては。 見た目にも、窮屈な印象を与えてしまう。
 …広げすぎず、狭すぎず。
 大体、拳一つ半位の間隔と言われている・・・。 

 風太郎は、袴を捌いて正座をする。
 この場合の袴捌きとは、まず右の掌で左足から。(右手を使えば武士は抜刀できぬ。 ゆえに相手に、危害を加えないという意味にもなる)
 己の脹脛(ふくらはぎ)の辺りの袴の生地を、内から外へと軽く叩く事で折り曲げ、左の膝を付く。
 それから同じ要領で右の脹脛の辺りを捌くとこれで、両膝を付いた事になる。
 この様にして正座をすれば、袴の裾は膝から踝(くるぶし)の方までヨレる事なく、きれいな線を描いて収まるのだ。
 …これとは別に、両の掌を使って同時に膝裏の生地を外から捌いて、左右同時に膝を付いて正座する方法もある。

 風太郎は正座をし、まずは左手を自分の前に付く。
 その後に、右手を左手の位置と合わせて付く。
 この時、両の五指を揃える
 そして、平伏をした。
 この場合は、胸から降ろすようにして両の肘が床に付くまで曲げ、床と並行になるまで頭を下げる。
 …すると、顔のすぐ前に両手がある事になる。
 もしもこのまま上から頭を押さえ付けられても、この両手の隙間が鼻の位置にあるから呼吸が出来るし、また両肘をもって堪える事が出来るのだ。 ・・・そして、床と並行な位置に顔を降ろす事で、己の真後ろ以外は、視界が利く
 それは即ち・・・何か、事が起これば即、対処が出来るという事なのである。
 そしてこの場合には、床と顔の位置が並行・・・という事は。 上様からは、首筋は見えぬ・・・。

「…面を挙げよ」

 上様の声に風太郎は、一度肘を伸ばす辺りにまで顔を挙げ、右、左と手を引いて軽く太股の上に置いた。
 …この時肘は、突っ張りすぎず。 両の親指は必ず、人差し指の側に添えている。
 ……言うまでもなく、親指は急所であるからだ。
 親指を取られては、何も出来ぬ。

 顔を挙げて風太郎、初めて藩主殿の顔をじっくりと見た。
 ・・・その顔は気儘之介に、似ている・・・ように見える。
「そちが、阿呂波風太郎(あろは・ふうたろう)か…。 いや、波和湯の家の婿になったのだったな・・・。 では、今は波和湯風太郎となったものか。うむ。 そうなってそろそろ、一年を過ぎた頃かな・・・?」
 言われて、風太郎。 心の動悸を、押さえながら…言った。
「恐れながら申し上げます…。 上様は、もしや私の事を…」
 葉々成政(ぱっぱ・なりまさ)は、掌の中で弄んでいた扇を、バチンと勢いよく閉じた。
「うむ。 存じておる。 ゆえに、気儘之介の行く先もすぐにわかった」
 ・・・これを。 どう、受ければ良いものか・・・。
 風太郎は背に、じっとりとした汗が滲むのを覚えた。

milk_btn_prev.png

milk_btn_next.png

俳優.gif体操.gif名称未設定-2.gifはわゆ.gif作法.gif珍問.gif
【資料室の、それぞれのトップページへ戻ります】

1.jpg

オフィス・リバティ事業

林流WS 紹介

林流グッズ紹介

オンライン殺陣編

お江戸の作法教室

はわゆエッセイ

資料室

リンク集

リバティ関係動画集

武劇館SHOP
top_07.jpg

殺陣のことならなんでも分かる、特製DVDや、殺陣師林邦史朗先生の著作など、ここでしか買えない武劇館グッズ満載のオンラインショップです!

LinkIconこちらをクリック!

※今秋、新しい商品が発売開始!