さて、…と。 おもむろに立ち上がってみたものの…、葉々(ぱっぱ)成政。
 これから一体、どうしたものぞ・・・。

 踏ん切りを付ける為に、一応は立ち上がってみたものの…。
 見ると、成政の前で平然と、不肖の息子は欠伸(あくび)をしている。
 …我が息子ながら、ふてぶてしいと言うのか、それともいっそ、大物…と言うべきか。
 理解する事を放棄した親子が、互いに一応は心を尽くそうかという真似事をしてみたとて…やはり。
 あるのは、決別…と言う事か…。

 不意に気儘之介が、口を開いた。
 …若さの故か傍目にも、親よりは子の方が、勢いがあるように見える。
「…で、結局は。 今回のあなたの仕事は、私を連れ帰る…という訳ですか」
 これ見よがしに、不機嫌を絵に描いたような息子に言われても、と。
 はて…と、成政。 首を、捻ってみた…。
「それは……。 今宵は、無理…であろうな」
「は…?」
「わしは、わし一人で参った故に、そちの帰り支度までは…そう言えば何も、考えてはおらなんだ…」
 二人の間に再度、春一番でも吹いたような…心地のした、親子で…あった。

cara1-14.gif …じゃぁ結局一体、何をしにここまで来たんだよ、バカ殿さんはよ…! とか。
 今この時刻まで居残って、結果はその仕打ちかい…っ! …とか。
 のほほんとした父親の態度とは違って、息子の反応は、明らかに激しい。

 不肖の息子である気儘之介はここで一発、息を大きく吸ってみた。
 帰ろうと思えば、安毛良(あっけら)藩の江戸屋敷まで帰る事は。
 …まぁ、駕籠を飛ばすとか、走って帰るとか。
 手段が全くない訳ではないが、どれも喜んで採って帰りたくなるような手段ではないし、帰りたいような屋敷でもない。

「仕方がないな」
「…はぁ……?」
 葉々成政は、珍しくも笑顔で息子を振り返った。
「今宵はお前を、置いて行こう」
 ……だから、くそ殿様よ。
 だったら一体、こんな時刻まで、何を思って長居を決め込んでいやがったんだよ…っ!!
 怒りを全身で表しながらも、気儘之介にとってはそれは、悪い話ではない。
 あの、茶のぬるくて飯も不味い安毛良藩江戸屋敷に本日、只今、今晩の内に戻るよりは。
 …迷惑かも知れないが、この友人宅に居候を決め込んだ方がはるかに、居心地が良い。

「十日ほど、暇をやろう」
 立ち上がっていた葉々成政は、思慮深げにそう…呟いた。
 何をどう思ったのやら、十日間だけだが、気儘之介に自由時間をくれたもの…らしい。
「十日後に迎えを出すから、その折に戻って参れ」
「…………」
 それに、何と答えて良いものか…。
 思慮にくれる気儘之介に、不意に…成政。
 声音を強くして言った…ものである。
cara1-21.gif「おい」
「はい」
 相手が強気に出ると、つい…怯みそうになるものではある…が。
 気儘之介は、強気で成政の瞳を見返してみた。
 殿様の濃い瞳が、この時ばかりは強く輝いていた。
「…そういう時は。 たとえ血の繋がりはあったとしても、平伏をして、有難き幸せ…とか申せ」
「………有難き…幸せにございます…」
 上様に言われた通りに、気儘之介は作法にのっとった平伏をしてみせた…。

 …親子とは言わず、血の繋がりのみを言ったのは、成政、果たして…。
 気儘之介には、上様の心は計り知れない。

「さて。 わしは、出るぞ」
 上様の物言いに、気儘之介は襖のそばまで戻って、上様の為に襖を開けた…。
 先程の物言いといい、取り敢えずは成政。
 …不肖の息子と言えど、気儘之介を臣下…と。
 扱うことを、決めたようだ……。

 玄関までずかずかと行くと、まずは里絵が慌てたように口を開いた。
「お帰りですか」
「うむ。 世話になった…」
「いえ、あのっ…」
 うろうろと、珍しくうろたえる里絵を、いつくしむような眼で成政は…言った。
「二人、仲良く暮らせ。 それと…」
「はい…?」
 成政は、里絵の傍近くに顔を寄せ。
「…我が不肖の息子を、十日ばかり頼む…」
 小さな声で、そっと呟いた。

cara1-13.gif「成政様…?」
 風太郎が気付いて、臣下の礼をとった。
 それには成政、真顔で答え。
「世話になった。 馬はどこぞ」
 見ると波和湯家の狭い庭に、成政の愛馬が繋がれ、鞍などは全て外してあった。
 馬は丁寧に手入れをされており、気持ちよさそうに寛いでいる。
「当家に馬小屋はありませぬが、せめてお手入れの方だけは、と…」
「ほう…」
「波和湯の家は御祐筆役の家柄ですが、私の里は馬廻りでした」
「当主にいくらか、教わったものか…?」
「はあ…。 少しばかり…」
 普段は寡黙な風太郎であるが、慣れた馬を前にして、いくらか心が落ち着いてきたのだろう。
 珍しく、声音が軽い。
「私も、久し振りに主人とお話をしました…」
 里絵も、いくらか明るい顔をしている。
 …夫婦二人力を合わせ、仲良く馬の世話をしていたようで…あった。

 鞍の手入れは里絵がし、風太郎は馬の手入れを。
 気儘之介を預かる件に関しては、いくらか戸惑いの表情を見せたものの…。
 風太郎は、おとなしく上様の意向に従った。
 …殿様の言われるままにすること、当時は当たり前の事…と、言て良い。

 上様の出発に先駆けて、風太郎は馬に鞍を載せてやり、腹帯を締める。
 面懸(おもがい)、胸懸(むねがい)、尻懸(しりがい)の具合を合わせ、最後に上様の為に手綱を取った…風太郎である。

「…ところで、上様」
「なんじゃ」
「当家には、馬小屋もなく…。 従って、馬乗り石もありませぬ。 ですので」
 風太郎自身がその身をもって、上様の為に『馬乗り石の代わり』を勤めよう…という、ものらしい。

 当時の武家は、門の脇に『馬乗り石』を置く慣わしがあった。
 言うまでもなく、戦国の世なれば武士は、有事の折は馬を駆って、戦場に逸早く到着をして奉公に励むために…ではある、が。
 風太郎の住むこの頃になると、戦国の世も随分と遠くなってしまい。
 風太郎の実家にもちろん(馬廻り役ゆえ)、それはあったのだが。
 …波和湯の家では、特に用意はしなかったもの…と、見える。

 成政は、言った。
「それには、及ばぬ」
「ですが」
「なに、先程の馬小屋宅先にはあった。 それを、拝借する事と致そう」
 成政の馬を、一時預かってもらっていた隣家の門前で、騎乗をする…ということらしい。
「は…あ……」
 里絵は心の中で、明日はやはり絶対に、菓子折りを持って隣家に挨拶に行かねば…と、思っていた。

「ほう…、今宵はきれいな満月じゃ…」
 成政は機嫌よく波和湯家の隣の、門脇にある馬乗り石に乗った。

 武士という者。

は、右側から乗るものである
 馬乗り石にまずは乗って、それから馬の右側の方の鐙(あぶみ)に右足を掛け、手綱と鬣(たてがみ)を掴んで、成政は馬上の人となった。

現代の洋風な鞍への騎乗は、左側から行なうのだが。
 武士の場合、それでは左側に帯びている大切な刀に傷を付けることになるし、騎乗の邪魔にもなる。
 で、あるから。
 武士は、右から馬に乗るのが慣わし…で、あった。

「風太郎」
「はっ…」
 馬が、尾を一振り…。

 成政に請われて、風太郎は上様の傍近くに寄った。
 無論、馬の視界から近寄ることは、言うまでもない。
 馬は非常に臆病な動物なので、驚かせたりすると蹴ったり、噛み付いたりする事も少なくない。
 傍近くと言われたらまず、馬に合図を送って

馬の視界を通る事を意識して、成政の傍らに風太郎は立った。

「…あれの面倒を、頼む。 迎えの件は決まり次第、文を送るでな」
 …言われて、…風太郎。
 うーむ、と唸った。
 「は…あ。 ですが、藩邸の皆様方は、気儘之介の帰りを待っている筈。 上様は方々に、なんと…」
 言われて成政、ちょと気儘之介の方を振り返って…言った。
「なに。 馴染みの女郎がいたらしく、それと別れる為の時をやった…とでも、言うておくわ」
cara1-17.gif「女郎…?」
 臣下の礼をとっている気儘之介の眉が、著しく上がった。
 それを見てまた、成政はゆったり…と笑った。
「お前の身分を変えることは何しろ、もう無理じゃ…。 まぁ、ゆっくりと考えてみるのも良かろう」
 …捨て台詞を残して、不意に成政は、馬の腹を…蹴った。

「ちくしょうっ一体、何を考えていやがる…」
 上様が行って、気儘之介は腕組みをして立ち上がった。
 何だか何もかも、全くしてやられたり…と言う感じで、面白くない気儘之介である。
「そう言うな…気儘之介。 それにしても…」
 里絵と二人、夫婦は顔を見合わせてくすくすと笑った。
「…なんだよ、風太郎」
「いや…」
「気味悪いぞ、何だよ、一体…」
 笑いを収めて、…風太郎。
 やっとの思いで、言ったものである。
「上様とお前、親子だなぁ。 なんだか、そっくりだよ」
「はぁっっ!? 何がっっ!?」
 …この時ばかりは、…葉々気儘之介。
 思い切り臍を、、曲げて…みせたものである。

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